by margaret15
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昨日 ガウリ・マのことを書きましたが、私を瞑想に導いてくださったとても大切な人物でもあるので、もう少しつけ加えておきます。 彼女は インドでは大抵の人が知っている映画俳優 カビール・ベディの妻でした。ボンベイ(今のムンバイ)に住んでいた彼女は、ストリーキングをするような、超前衛的な女性だったそうです(*^^*) そのボンベイ時代に、彼女は、じつは、和尚Osho (後に私の瞑想の師となる方)の講話を聴いたりしていたのです。Osho も プーナに拠点をもうける前は、ボンベイで講話していた時代があるのです。その頃はまだとても少ない人数で アットホームに会がもたれていて、和尚に直接質問したりしていたんだろうなぁ、、、 彼女は、Osho の弟子になるかどうか、ずっと考えていたようです。 家族のように親しんで一緒に暮らしていた私たち弟子5人を、ヴィパサナ瞑想リトリートに派遣してくれたのも、ガウリ・マでした。ダンサーにとって瞑想は欠かせないものだと言って。。。 そして、ある日のこと。彼女は、私に言いました。「ゆみこ ラッキーだわ。今度 Osho のところが、私たちを公演に招いてくれたのよ。 ゆみこは、絶対 瞑想が好きだから、あなたに特別にホリデーをあげるから、しばらく残って瞑想してらっしゃい!」 1992年2月の終わり頃のことでした。Osho Commune での公演は、他のインド各地での公演とはまったく雰囲気が違っていました。みんなとってもフレンドリーで、一緒に楽しんでくれてるのが、とてもよく感じられました。 公演後、先生のお知り合いの豪邸に泊めてもらいながら、生徒では私ひとり居残って 毎日 瞑想に通いました。 そんな中、3月7日 ガウリ・マは、和尚の弟子サニヤシンになりました。 その頃の私は、まだ 「なんでサニヤシンになるんやろ???」って ほんとのところ 疑問でした。 でも、6日後の13日。突然 何かが起こりました!初めて 大声を出しての『ダイナミック瞑想』をしたときです。 どれだけの声をだせたかは、まったく覚えてませんが、これは、三日間逃したらダメだ!という直感。(当時、第1週末のみloud Dynamic ができたのです。)そして、翌日にサニヤシセレブレーションがあるのを知っていたので、オフィスに駆け込み、特別に 翌日サニヤシンになることを許していただきました。 こんな風に 1週間前には、まったく予期しなかったことが、 まあ、突然起こったのです。 今、日本にいるサニヤシンの中には、あの時のこと覚えてるよ って言ってくれる人がちょこちょこいます。 みんな けっこう見てくれてるんだよなぁ、、、ありがとう🌹💝🎶 知らない人たちがほとんどだったけど、花輪をくれたり、と たくさんお祝いしてもらって、3月14日 Bodhi Sada が 誕生しました! Bodhi は、awareness 気づき Sada は、call of the master マスターからの呼び声 さて、サニヤシンになった私の眼には、なんだか、いろいろなことが 前と違ってうつるのです。 あんなにも気にいっていた、ダンス村での生活も、なにか、いのちが感じられなくなってきてしまいました。 夏休みに日本でうけた サガプリアというセラピストのワークをきっかけに、私の関心は、どんどん内面的なものへと移っていきました。 そして何ヵ月後にひとり出向いたプーナでのワークをとどめに、私は、ダンス村を離れて和尚コミューン(今のOsho Resort )のあるプーナ生活に移っていったのです。 瞑想、和尚へ誘ってくれたガウリ・マにとっても感謝しています。ただ、あんなにも手塩をかけて育ててくれた弟子が飛び出してしまい、彼女は怒りでいっぱいだったようです。 私にとって瞑想は、自分の中核の部分とのつながり。 でも、そこに向かいながら、それまであまりにも圧し殺してきた さまざまな感情に出逢い、そこを解き放つことに 多くの時間を費やしました。 そんなわけで インド舞踊からはいったん離れて瞑想の世界に入っていくのでした。
by margaret15
| 2015-06-19 13:28
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